2017年3月29日

心光寺の歴史

浄土宗のお寺

護念山  攝取院 心光寺

 

当山は寛永元年(1624)3月15日

圓蓮社秀誉栄玉和尚、檀信徒の協力で開基

 

当寺は大正12年10月1日

第22世龍誉上人在世、当時、原因不明の火災を生じ、本堂と観音堂が焼失する。

 

その際、

本尊「阿弥陀如来」(聖徳太子御作)

行基菩薩手作りの地蔵菩薩・安阿弥所造の弁財天

その他仏像、宝物を類焼する。

 

観音堂安置の本尊、十一面観音は難を免れる。

 

その後、龍誉上人は本堂の再建につとめ、

檀信徒の協力を得て、

昭和4年、当時としては珍しく、

単層ダイヤモンドトラス造、

鉄筋コンクリート本堂が完成

 

平成14年12月20日

木造十一面観音菩薩立像が大阪市指定文化財に登録

 

平成15年9月1日

本堂が登録有形文化財に登録

 

平成20年7月8日

山門一棟が登録有形文化財に登録

 

木造十一面観音菩薩立像は境内にあった観音堂に安置されていて、大坂観音巡礼札所の本尊であった。

頂上仏、化仏は欠失し、頭上面は五面が残る。

制作年代は11世紀代と考えられる。

 

大阪33ヶ所観音巡り

(江戸時代中期に定められる)

第26番 護念山 心光寺 観音霊場

 

近松門左衛門作

「曽根崎心中 序 難波観音めぐり」に登場

 

空に消えては是も亦、行衛の知らぬ相思草、

人忍ぶ道草に、日も傾きぬ急がんと、

又立ち出る雲の脚、

時雨の松の下寺町の信心深き心光寺